MENU

日誌

「決める」ことの難しさ

今年度から取り組んでいる「東九条フィールドワーク」

第1回第2回の記事はこちら)

その第3回目となる日が目前に迫っています。

 

 

 

 

それは、東九条で開催されるお祭り「東九条マダン」への出店です。

東九条マダンのコンセプトは、“いこかつくろか東九条マダン”。

日本人、韓国・朝鮮人、被差別部落民、障害者、老人、子どもなど、多様な人々が垣根をこえて

自分たちの文化を生き生きと表現できる場として、みんなでつくってきたお祭りです。

 

 

 

 

私はそのお祭りに、生徒たちと一緒にどんな形でもいいので参加してみたいと思っていました。

そのためにまずは地域のこと、お祭りのことを知ることから始めました。

そして、出店のメニューや材料、値段設定などを決める会議を重ね、一部の生徒には実際に

東九条マダンの実行委員会にも一緒に参加してもらいました。

 

 

 

 

その中で強く思ったのは、「決める」ことの難しさです。

 

 

 

 

自分で何かを「決める」ときは、自分だけが納得できればそれでいいのですが

集団で何かを「決める」ときには、みんなが納得のいくものにしなければ先に進めません。

もちろん、みんながみんな納得のいくものになるとも限りません。

 

 

 

 

でも、同じ目的を達成するために「決める」プロセスは避けられません。

生徒たちの意見はみんな違っていて、メニューすら「決める」ことができませんでした。

あれがいい、これがいい・・・アイデアはたくさん出てくるものの、肝心の「じゃあどうする?」といったときに

きまってみんな言葉に詰まってしまいます。

 

 

 

 

ある生徒は、他の生徒の意見に反論するばかりで、自分は動こうとしなかったり

またある生徒は、やりたいことを言うばかりで、現実的にイメージできなかったり

会議は一時崩壊しかけていました。

 

 

 

 

それでも、どんな人にどんなものを提供したいか、なんでマダンに参加するのかというコンセプトに

もう一度立ち返り、議論を重ねて「たこせん」というメニューに決めました。

 

 

 

 

メニューが決まってからも、「決める」作業は続きます。

トッピングは何にするのか?どこで材料を調達するのか?誰が何を買ってくるのか?売値は何円にするのか?…

実際に「たこせん」を作ってみて考えたり、業務スーパーに行って値段を調べたりして「決めて」いきました。

 

 

この経験を生徒たちがどう意味づけるかはわかりません。

でも、学びの森からさらに大きな社会に出ていっても、集団で何かを「決める」場面に出くわすと思います。

 

 

 

 

そんなときに、今回の経験が活きてくるかもしれません。

東九条マダンへの参加を通して、そういうところも学びになっていたらいいなと思います。

 

 

 

 

「たこせん」をめぐる生徒たちとの関わりから、「決める」ことの難しさを改めて学ばせてもらいました。